【源氏m@ster】花宴【第八帖】を読む

暑い……。
一気に夏が近づいてきましたね。今年は冷夏という長期予報でしたが、はてさて。
まぁ、夏はある程度暑くないと、また具合が悪いもんです。
では、今日は源氏m@ster、第八帖「花宴(はなのえん)」を読んでいこうと思います。
【源氏m@ster】花宴【第八帖】

作:くるわP
投稿時は春真っ盛り。季節の巡りは早いものですね。
この帖は長さとしてはかなりの短編ですが、内容はなかなかに複雑。
今後の展開へと繋がる、重要な場面でもあります。

源氏20歳の春の出来事。今回は、彼の心情をメインに追いかけていきます。
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場面一

如月の二十日あまり、南殿の桜の宴せさせたまふ。
后、春宮の御局、左右にして、
参う上りたまふ。

(帝は)如月(旧暦二月)の二十日過ぎ、(御所の)南殿で桜の宴を催された。
皇后(藤壺)と、(弘徽殿の女御の息子である)春宮の御座所は、(帝の)左右に据えられ、
(それぞれの席に)お出でになった。
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前帖「紅葉賀」の翌年に催された春の宴。こちらは御所内で開催された模様。
帝を中央に、左に春宮、右に藤壺(と、恐らくは東宮)。3代の帝が並び座しているワケです。
そして弘徽殿の女御と源氏はいわば「その他」の席。
血縁でありながら、それぞれの人物の絶対的な差が描写されています。
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場面二

日いとよく晴れて、
空のけしき、鳥の声も、心地よげなるに、
親王たち、上達部よりはじめて、
その道のは皆、 探韻賜はりて文つくりたまふ。
……楽どもなどは、さらにもいはずととのへさせたまへり。
やうやう入り日になるほど、
春の鴬囀るといふ舞、
いとおもしろく見ゆるに、……

その日はとてもよく晴れて、
空模様も、鳥の声も、心地良く思われる日和であり、
親王たち、上達部(上位の貴族達)をはじめとして、
(詩歌の)心得のある人々は皆、(帝から、お題となる)韻字を戴いて漢詩をお作りになる。
……舞楽の類は、言うまでもなく万全に用意なされていた。
徐々に夕日が傾きだすころ、
(春宮は)春鴬囀(しゅんのうでん)という舞が、
とても興趣深く見えるので、……
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今回も詩歌と舞に明け暮れる貴族の皆さんでした。
もっとも、この宴の出来も出世に影響するわけですから、皆さん真剣だったんでしょうね。
さて、ここで春宮が「いとおもしろく見」た、春鴬囀の舞について。
ようつべに龍笛の演奏を見つけたので、ここに貼っておきます。

この「春鴬囀の舞」、本来は4〜10人の「女性」が舞う演目です。
それを春宮は「紅葉賀」で見た「青海波」が素晴らしかったから、という理由で、
源氏に独りで舞うように頼むのです。頼むと言っても次期天皇の言葉、源氏に拒否権はありません。
結局、源氏は舞の一所作を見せるに留め、その場を収めるのですが……心中穏やかではないでしょう。
ちなみにこの後、頭中将も帝の求めに応じ「柳花苑」を舞い、直々に褒美を戴いています。
「紅葉賀」の栄光から一転、この日の舞台で源氏は、己の限界を知ることになったのです。
彼が酒を飲み過ぎたのは宴の楽しさだけではなく、その辺にも原因があったのかもしれません。
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場面三

朧月夜に、似るものぞなき……
朧月夜に似るような、美しいものはありますまい……
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そんなわけで弘徽殿へフラフラとやってきた源氏。
そこで聞こえた「なべての人とは聞こえぬ(並の女性とは思えない)」声が、こちら。
元となっているのは大江千里集の歌。
照りもせず 曇りもはてぬ 春の夜の 朧月夜に しくものぞなき
煌々と照らすでもなく 雲に隠れるでもない 春の夜の朧月夜に まさるものはない
誰に聞かせるでもない独り言に和歌を用い、しかも自分なりの表現を加えている辺りが「並ではない」という事でしょうか。
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場面四

深き夜の あはれを知るも 入る月の
おぼろけならぬ 契りとぞ思ふ

春の夜更けの朧月 その素晴らしさをご存知の貴女とは
前世からの確かな御縁があるのではと思われます
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源氏の贈歌。要するに「気が合うね!仲良くしようぜ!」って事です。
紫式部も「前世の縁」って表現、好きですねぇ。今後も多数出てくると思われます。
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場面五

うき身世に やがて消えなば 尋ねても
草の原をば 問はじとや思ふ

不幸な身の上に加えて (容易く貴方と一夜を過ごした)浮世の私が このまま消えてしまったら
貴方は二度と名を尋ねる事も 私の元を訪れる事もないのでしょう
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いづれぞと 露のやどりを 分かむまに
小笹が原に 風もこそ吹け

(貴女の名を知らないままでは)
(私の想いを残した)貴女の家はどこだろうと探すうちに
(風に笹の原が鳴る様に)心無い噂が広まって 私達の縁を裂いてしまうだろうから
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朧月夜(伊織)と源氏の贈答歌。
さて、ここで朧月夜が自分の事を「憂き身世」と詠んでいるのは、何故でしょうか?
彼女は右大臣家の六女。皇太后である弘徽殿の女御の妹です。
どう考えても超上流階級なんですが、それ故に彼女はこう詠まざるを得ませんでした。
というのも、彼女は一夜の相手が源氏だと気付いたから。
源氏の属する左大臣家と右大臣家はライバルであり、弘徽殿の女御と源氏の不仲も宮中では有名だったでしょう。
しかも、彼女は次の帝、春宮への入内が内定していました。
源氏に心惹かれつつも、正式に結ばれる事は決して許されない関係を「憂き身世」と嘆いているワケですね。
とはいえ、ここでの歌のやりとりは完全に恋仲のもの。
現代でも結納の儀式に残る「扇の交換」までしているのですから、朧月夜という女性もなかなか大胆です。
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場面六

梓弓 いるさの山に 惑ふかな
ほの見し月の 影や見ゆると

弓を射て(矢を探そうと入った)あの山で迷ってしまいました
(山際に沈む前に)僅かに見た月の影も 見る事ができるだろうかと思っていたら
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心いる 方ならませば 弓張の
月なき空に 迷はましやは

真剣に 射た矢であれば 弓張り月の
沈んでしまった暗い夜でも 迷うことなどないでしょう
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源氏と朧月夜、二度目の邂逅で交わされた歌です。
先とは異なり、肩越しに源氏の方へ振り向いている朧月夜がカワイイですね。
やたらと「弓矢」が出てくるのは、この時に源氏が招かれた宴が、弓の腕を競うものだったから。
また、弓は二人を巡り合わせた月の縁語でもあります。
というわけで、この贈答歌は次の様な意味に変換できます。
源 氏:弓の宴を離れ この屋敷へ迷い込んでしまいました
    一度だけお会いした 貴女を探しているうちに
朧月夜:本当に 想いを寄せてくださっているなら 弓張り月の無い
    空の様に不安であっても 迷わず私の所へ来てくれるものではないですか
ここでも朧月夜は「月なき空」と不安を口にしています。
それでも「私が好きなら関係ないでしょ!もっと早く来なさいよ!」と源氏に告げる彼女。
なんというイオリズム。まさに適役ですね。
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場面七

いとうれしきものから……
(朧月夜と再会できて)とても嬉しいのだが……
源氏のモノローグ。
語尾を濁しているのは、彼もまた朧月夜との逢瀬が危険なものである事を承知しているからでしょう。
彼にとっては義兄である春宮の許嫁、しかも右大臣家の人間です。
しかしだからこそ、源氏は彼女に惹かれたのではないでしょうか。
春宮へのコンプレックスの、いわば捌け口として。
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今回はここまで。
源氏ほどの高位の者であっても、越えられない壁というのは在るという事でしょうか。
そして、それ故に燃えあがる恋。
平安版のロミオとジュリエットとでも言うべきこのふたり、さて、どうなりますか。
次帖は第九帖「葵」。
先に言っておきますが、恐らく次は、源氏の株がストップ安になる事まちがいなし。
しんどい展開が待っています。覚悟しつつ待ちましょう。ではでは。